いわゆる「親子断絶防止法案」についてDVにこだわっているのは誰なのか?

このところ、話題になることが多くなってきた「親子断絶防止法案」。法案の通称名からして「親子が断絶するのは悪」という『美味しんぼ』のクソ家族イデオロギーの権化のようなひどい代物だけど、先日このような記事を見かけた。
scopedogさんの
子どもと引き離される親をDV加害者と決め付ける千田氏の主張は容認しがたい
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20161020/1476980719
千田有紀氏の
親子断絶防止法案の問題点―夫婦の破たんは何を意味するのか
http://bylines.news.yahoo.co.jp/sendayuki/20161018-00063335/
への突っ込みなんだけど一読してこれはアカンでしょ、と思ったので書いておく。
第一に自分の立場だけど、離婚家庭の片親育ち(離婚家庭は様々なケースがあるのでみんなこういう風に思うとは限りません。念のため)千田有紀氏の文章について読んだときは特に問題を感じなかったものの、scopedogさんのエントリーを読んだときは確かに理由があるとはいえDV離婚に偏りすぎている感じを受けた。ここはちょっと文脈を共有している人向けに書いた感じが出てしまったんではないか、と後出しじゃんけん的に思う。もう少しそうじゃないケースについてもフォローすべきだったんではないかと。うん、後出しじゃんけんだね。

しかし、そうした後出しじゃんけんは置いておいて、なんで千田氏はDV離婚にこだわってるのかっていうのを考える必要があるんではないだろうか?
scopedogさんのエントリーを読むと千田有紀氏が一人でかってにDV問題にしたがっているようにしか見えないので全く分からないけど、それはこの「親子断絶防止法案」を推進している団体「親子断絶防止法 全国連絡会」(サイト http://oyako-law.org/index.php)がめちゃくちゃそれにこだわっているからなんだよね。(よく読めば千田氏の文章もそういう記述なんですが。リンク張ってるし)
 この団体のサイトに行くと彼らの主張がずらずらとかかれてるけど、左サイドを見ると「離別親子の諸問題」というのがある。項目を見ていくと、親子断絶の現状、子どもの連れ去り、虚偽DVの実態、片親疎外の子ども、子どもの虐待となっている。大体どの項目も読んでいくと違和感があるけど、この中で特に違和感があるのが虚偽DV。子どもの連れ去りの中に入れれば良いのになぜか別項目をたててる。更に言えば子どもの虐待のケース、これ子どもの虐待じゃないよね?というのがトップに来ていて(子どもどうしのトラブルだった川崎の事件)不思議な印象。ていうか共同親権とまでは行かないまでも、かなり離婚後もそれなりの関係が保てていたケースだよね、これ。それにいろいろなケースが上げられているけど、共同親権じゃなかったことが事件の主な背景にあるのか、この記事だけではわからないものばかり(最後のケース除く)。どっちかっていうと、片親家庭(特に母子家庭)で起こった有名事件を集めたんじゃないの?と思える。まあ、印象操作ですわ。共同親権を提案したい人たちが作るサイトとは思えない不誠実さである。共同親権の必要性はこの団体とは別の意味で自分も感じているけどあり得ないね、これ。ここからして虚偽DVがわざわざ別項目としてたてられている意図も見えようというものだ。まあ、いろいろともっともらしい理由がついてはいるがこのサイトの人たちはDV防止法が目障りなんだろうな、と思います(個人の感想です)。さらに、このサイトにある立法の目的みたいなのがひどい。

連れ去りや離婚ではなく、不幸な事故や病気で片親を失った子どもは、日々片親の素晴らしいところを聞きながら成長し、子どもは自尊心を持って成長していくことでしょう。
私たちは生きているにも関わらず、子どもと触れ合うこともできません。
美しい思い出は、少しづつ色褪せ、後から少しずつ長い時間をかけて吹き込まれる事後情報に、記憶も少しずつ歪められていきます。長い年月を乗り越えて再会した頃には、子どもは離れて暮らしている親への愛情を完全に失っているかの様なこともあります。それでも私たちの子への愛情は消えません。誰がどんなに消そうと試みても、子どもへの愛情は失いません。
子どもには両親が必要です。子どもも両親を愛しているのです。

子どもが両親の愛情を日常的に直接感じられること、頻繁かつ継続的な交流こそが子どもの利益ではないでしょうか?

求める立法 - 共同養育支援法 全国連絡会


 愛情とか美しい感じの言葉が書かれているけど、一番最初で連れ去りと離婚を同一視してしまっているというおっちょこちょいぶりを発揮。まあ、ホンネだろうからしょうがないでしょうが、離婚というのは結婚という制度がある以上さけられない事態です。それを敵視する人って離婚や離婚家庭に対する偏見を日々量産している人と相場が決まっています。そうした偏見ができるととても困るのが離婚家庭の子どもなのです。なぜなら、親、特に母親は離婚家庭への偏見という圧力に想像以上(この団体自体離婚家庭の主に父親で構成されているはずなのにこんな文言を書いてしまう程度に)に晒されていて、ぎりぎりまで別居や離婚に踏み切れないから。その結果おこるのが、明らかに破綻していて毎日怒鳴りあってる家庭。これ本当に子どもは辛いよ。大人でも家族が毎日怒鳴り合ってたらすごいストレスよ。こういう家庭は(うちがそうですけど)結局破綻して、離婚後も親同士がいがみ合うので問題がこじれがちになることが多いでしょう。もっと簡単に別居や離婚ができるようになれば良いのにと思う。(結婚自体なくせば良くね、というのはひとまず措いておく)悲しい事態も少しは減るはずです。こういう風に考えれば千田有紀氏の勇み足っぽい書きぶりもわからなくはない。彼女自身の書きぶりもそこへの懸念があればこそになっていると思います。scopedogさんはしきりに条文を読め、と仰っていますが読んでも感想は変わらないし、こうした背景をかんがえれば、むしろ目的である一条に自分たちであんなに言ってる、子どもの権利という視点が全然なくて、代わりにあるのが「親の愛情」というふわふわワードなのがすごく気になるし、理念である二条に子どもの権利の具体的な記述がないのが「子どもの権利はぜってー書かねー!」という強い意志みたいなのを感じて怖いです。以上、不健全な離婚家庭の片親育ちとしてはこういう感想ですね。(個人の感想です)